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初夏のふるさと
だいぶ日が過ぎてしまいましたが・・・
令和の10連休に帰省してきました。

実家に着いてから一休みして
みんなでお寺さんへお出かけしました

琵琶湖へ向かって走ること20分
西国三十一番札所 長命寺

808段の急な石段が有名ですが。。。
私たちは横の車道で上がらせて頂きました。




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こんな急な石段、下から上がれへんわ~~~
上がって来られたら そら健康やわ
いえいえ、ご利益で健康長寿にしてくれはるのよ
と、息切れしながら途中の100段ほどを上がります。

運動不足を痛感


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本堂から伽藍の様子
手前から 
三仏堂
ちょこっと見えている 神社
お寺なのに渡り廊下で神社がつながってる~
神仏習合ですね

その奥に鐘楼 琵琶湖の竜神さんと関係があるとか。。。

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このちょこっと見えている神社が長命寺の名前の由来となっているそうで。。。
詳しくはこちらをご覧ください



十二代景行天皇の代、武内宿彌(たけのうちのすくね)がこの山に上り、『寿命長遠諸元成就』の文字を柳の大木に彫り、長寿を祈願した結果、三百歳の長寿を保ったと伝えられる。その後、聖徳太子がこの地を訪れ山に上り、武内宿彌が彫った柳の木を見、感嘆しているとそこに白髪の老人が現れ、『この木で仏像を刻み、寺を建立するように』と告げ立ち去ったという。太子はこのお告げの通り、この柳の木で千手十一面聖観音三尊一体の像を刻み、推古天皇27年(619年)に本尊として祀り、武内宿彌長寿霊験の因縁で長命寺と名付けたのがこの寺の創始とされている。

たまたまですが、和歌山営業所の近くに
武内宿禰が産湯をつかったという井戸があります。


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八幡堀沿いを歩くと

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かわらミュージアム

かつては 瓦の産地で 「八幡瓦」 というブランド瓦作りが盛んでした。
銀色の瓦  この 八幡瓦で屋根をふくことが一種のステータスだったとか。。。


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なかなかいい感じの空間


続いて 西国三十二番札所
観音正寺です
こちらも、下から石段が大変!!
地元民だけが知っている秘密のルートで上まで上がらせてもらいます。

人魚のミイラがあるお寺として有名でしたが、
漏電による火事で 
本堂と共に焼けてしまいました。こんな伝説があります。お時間ありましたらどうぞ



聖徳太子が琵琶湖のほとりで人魚に呼び止められた。人魚は『私の前世は漁師で、殺生を重ねてきたので、こんな姿にされてしまい、今では魚たちに苦しめられています。どうか成仏させて下さい』といって頼んだという。
 聖徳太子はこの願いを聞き入れ、千手観音像を刻み、推古13年(605年)に堂を建立し、観音像を祀ったのが寺の創始とされている。
 戦乱の世になり佐々木氏が山上に城を築いたが、巡礼にまじって間者が山上に入ってくるのを嫌って寺を山麓に移転させたといわれている。かつての観音正寺は大寺で盛時には三十三の塔頭を擁したという。
 織田信長の兵火によって寺は焼失したが、その後、慶長2年(1597年)に再び山上に上がり教林坊の宗徳法橋が本堂を建立し、諸堂を再興したとされている。


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観音正寺から 蒲生平野
古代この辺りは 朝廷直轄の牧場であったり、薬草を摘んだりするところだったそうです
額田王の歌が有名です



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新しい本堂

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願いを一つだけ聞いて下さるというお地蔵さん
願いが多すぎて結局 なにもお願いせず。。。



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翌朝、不二子を大好きな甥っ子と
叔母と家の周りを散歩



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田植えが終わったばかりの田んぼ

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一年で一番気候がよく
新緑が眩しい季節に
ふるさとでのんびり
元気をもらってきました



オマケの不二子


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最後まで読んでくださってありがとうございました。
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